2019.03No.147(オンラインNo.29)

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退任教員挨拶

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もくじ

Chapter1研究は面白い

機械工学系教授
森 謙一郎(もり けんいちろう)

 私は1997年10月に大阪大学から生産システム工学系の教授として赴任して、21年半本学にお世話になりました。生産システム工学系は加工学、材料工学、生産計画学の3コースに分かれており、加工学の塑性加工研究室に所属し、その後改組で機械工学系になりました。私は本学に赴任するまでは、10ヶ月のドイツ留学を除いて大阪、神戸、京都の関西圏から離れたことはなく、初めて関西圏以外で生活することになり、少し不安でしたが、豊橋で楽しく過ごすことができました。

 私の研究している塑性加工は、金型によって金属材料を大きく変形させて所定の形状にする加工法であり、電気機器、自動車などの金属部品が製造されています。学生時代から塑性加工をシミュレーションする有限要素法を開発してきており、赴任直後もこの研究を続けていました。しかし、1990年代ぐらいから市販有限要素ソフトウエアの機能が充実してきて、大学で開発を行うのが難しくなってきました。愛知県、静岡県は自動車産業が盛んであり、自動車製造と深く繋がっている塑性加工の研究を行うのは適した地域であり、本学に来てから産業界からホットな情報が得られるようになり、その情報を元にして新しい塑性加工法の開発という内容に研究をシフトすることができました。特に、自動車の燃費を向上する軽量化部品の成形技術は、世界的にリードしている研究であり、論文引用数が非常に多くなっています。

 有限要素法のソフトウエアから新加工法のハードウエア開発にうまくシフトできたのは、高専出身者が多い本学の学生のサポートがあったからです。高専出身者はものづくりの高い素養を持っており、研究室の学生は研究の実行、実験機器の製作、データの収集などをしてくれて、優れた研究活動をすることができました。さらに、牧清二郎三重大学名誉教授、原田泰典兵庫県立大学教授は研究立ち上げ時にお世話になり、安部洋平本学准教授、前野智美横浜国大准教授は研究に多大なご支援をいただきました。恩師である大阪大学名誉教授の小坂田宏造先生がよくおっしゃっていた、「面白いことをする」、「国際誌に論文を書く」を念頭に入れて研究を進めてきました。スタッフ、学生、企業技術者とディスカッションしながら研究・開発を進めていくと素晴らしいアイデアが生まれたり、研究を進めていくと予想もしない結果が得られたりして、研究が非常に面白かったです。学生も就職後このような研究・開発の面白さを感じながら仕事をして欲しいと思っています。

 2001年に成形加工の数値解析の国際会議、2010年と2018年に塑性加加工の国際会議を豊橋で、2014年に塑性加工の国際会議を名古屋で開き、国外からも多くの研究者が出席し、研究の国際的な情報交換を行うことができました。自動車産業が多い愛知県で塑性加工関連の国際会議を開くことができたのは有意義でした。

 研究室では毎年夏休み前に近くの海岸でバーベキューを行って美味しいものを食べて楽しみ、写真は昨年8月のバーベキューのものです。

 楽しく研究、教育ができたのは先生、学生、職員、企業技術者の皆様のお陰であり、深く感謝致します。

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夏休み前に近くの海岸で行っているバーベキュー

Chapter215年間を振り返って

電気・電子情報工学系教授
福田 光男(ふくだ みつお)

 国立大学が法人化された2004年4月にNTTエレクトロニクス(株)光半導体事業部営業部長(NTTフォトニクス研究所から出向中)から、企業での体験(若い技術者が企業にとってとても重要であることや研究開発の進め方等)を学生に伝えたいとの思いと企業で未だ研究されていない新しい光デバイスの研究をしたいとの思いを胸に、当時の電気電子工学系へ着任いたしました。着任直後は、時間の使い方や研究テーマの決定など総て自由である一方で、それらの結果への責任と大げさに言えば学生の命を預かるという責任の重さをひしひしと感じたものです。それ以来、大学の先生は精神的に強靭であるとの思いを持ち続けて今日に至っています。

 着任後15年が経ちますが、学生用机6台と椅子6脚以外にはネジ一つ落ちていない実験室で新たに配属された3名のB4生と研究を開始したことが、つい昨日のことのように思い返されます。このような状況で、NTTの研究所で経験した光通信用半導体レーザの開発を基に、光を波長以下の領域へ閉じ込めるデバイスを作りたいとの思いで研究を開始しました。電子をナノスケールの領域へ閉じ込めることは容易ですが、光ではとても難しく、試行錯誤しているときに表面プラズモンポラリトン(光と結合した電子の集団振動状態の量子)へ出会い、閉じ込めるのではなくある領域へ纏わり付かせることで(振動数で)閉じ込めることができると気がつきました。何の雑誌であったか定かではありませんが、太古の海から発生した生命には海が必要で、人間もカルシュウムの放出吸収等の海の役割を脊椎が担っている、といったことを読んだことがあります。海を閉じ込めるのではなく脊椎を作れば良いと考え、以来表面プラズモンを用いた光集積回路の縮小化に向けた部品の開発を中心に、学生と一緒に研究を進めてきました。選択する度に次の選択肢が少なくなる人生の後半に、若い学生と世界に挑戦し続けられたことは大変幸せなことです。当初の思いを学生に伝えられたのかを考えると反省することしきりですが、博士前期課程へ進学した学生には若干、後期課程まで進学した学生にはある程度伝えられたのではないかと思っています。3名の学生が後期課程まで進学し(学振の特別研究員に全員採用)、NTTの先端総合研究所(2名)と浜松ホトニクス中央研究所(1名)で活躍中あるいは活躍予定です。

 学期初めの講義では、理学は真理の探究、工学はそれを人類に役立てる学問、ただし現在はそれらの境界は明瞭ではないといった趣旨の話で始めることが多かったように思います。しかし、人類に役立つはずの技術発展は諸刃の剣であり、人工知能、生命科学やロボット工学といった人類の存亡に係る領域が急展開している現状を鑑みると、工学の領域においても人間力や倫理の教育がより重要との思いを日に日に強くしているところです。今年度末でこれらの工学教育の現場から退くことになりますが、安堵すると同時に一抹の寂しさを感じているところです。

 末筆ではございますが、事務および教員の皆様をはじめ関係した皆様には深く感謝するとともに、皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

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研究室10周年記念OB・OG会(豊橋にて)
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2017年 夏の研究室旅行にて

Chapter3化学と数学とコンピュータ

情報・知能工学系教授
高橋 由雅(たかはし よしまさ)

 表題の「化学と数学とコンピュータ」は様々な機会で研究室紹介のために示してきたキーワードで、化学およびその関連分野のデータ解析や情報処理のための道具としての数学やアルゴリズム、実験手段としてのソフトウェアなどコンピュータ利用技術を象徴したものです。化合物分子の様々な特性は化学構造の関数と見なすことができます。また、化合物の構造情報は原子を点、結合を辺に対応づければグラフ理論でいうグラフと見なすことができます。(特に、化学構造式をグラフ表現したものを分子グラフと呼ぶ)グラフは数学的なオブジェクトであり、数学的な操作が可能です。例えば、グラフの代数表現として、行列表現を用いれば種々の行列演算も可能となります。そこから導出される種々の数学量もまた化学構造の関数と見なすことができます。このことは、化合物を光学フィルターのかわりに数学的フィルター(あるいはソフトウェアフィルター)を通して眺めることにより、亀の甲だけを眺めていたら見えない新たな知識の発見にも繋がります。

 筆者は山梨大学の大学院修士課程を修了後、縁あって佐々木愼一先生(本学3代目学長。当時、宮城教育大学理科研究施設教授)のグループに研究生として参加したのが今日の研究生活に至るきっかけとなりました。当時、佐々木研では質量スペクトルやNMRスペクトルデータからコンピュータを使って有機化合物の自動構造推定システムの開発研究を進め、国内の化学・製薬企業からも多くの研究者が研究生として参加していました。また、後に本学助教授を務められた故宮下芳勝先生(当時、佐々木研助手)との出会いが、現在のケモインフォマティクスそして化学人工知能研究への入り口となりました。宮下先生がN.J.Nilsson著「Learning Machine」をテキストにアフターファイブの自主勉強会を開催し、これに筆者を含む数名の居候(研究生)が参加しました。輪講形式のものでした。宮下先生は東北大理学部物理化学の出身で数学が得意であったこともあり、当番の担当者はそこに出てくる式の誘導も含め、参加者全員が理解できるまで説明が求められるなど予習も大変でしたが、これが後の研究生活の大きな礎となりました。

 その後、昭和56年8月、当時発足したばかりの分析計測センターに助手として採用され、知識情報工学系の新設に伴い、分子情報工学講座の講師として自身の研究室を構えることになりました。以来、「分子情報システム研究室」なる看板の下、化学関連分野におけるより高度なコンピュータ利用技術の確立を目指し、主に化学構造情報の計算機処理のためのアルゴリズムやシステム化に関する様々な研究を基礎・応用の両面から進めてきました。この間、佐々木先生を始めとする優れた共同研究者や多くの優秀な学生・研究生に恵まれ、大学人として最後まで充実した教育・研究生活を送ることができました。また、37年あまりに及ぶこれまでの教員生活を無事勤め上げられたのも多くの優秀な事務職員、技術職員の方々の支えがあってこそであり、すべての皆さま心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

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2018年3月 平成29年度卒業式・修了式(アイ・プラザ豊橋)にて

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