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グローバルなはなし

(連載第二回)

令和2年6月2日

「人間の安全保障」を知っていますか

小池誠一(IGNITE)

 本学のほとんどの皆さんは2015年9月国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)のことは知っていると思います。国連等で国際社会に提起された理念、政策、運動でSDGsほど普及したものはなかったと思います。今回のテーマの「人間の安全保障(Hunan Security)」は国家ではなく一人ひとりの人間を対象とする安全保障の概念として1994 年に国連開発計画によって提唱されました。その後国連の場で激しい批判や議論を通じ、国際社会の政策枠組みとして主流化され、2012年に国連総会決議で採択されました。その考え方や実践に向けての活動は現在のSDGsの中にしっかりと組込まれ継承されています。
 今回、「人間の安全保障」を紹介したいと思ったのには二つ理由があります。一つ目。「人間の安全保障」の視点や実践手法には現在のコロナ禍の厳しい状況においても、意義や有効性があるからです。というのもこの「人間の安全保障」という概念は国際社会の危機の下で生まれ、リスクや脅威にどう立ち向かうかということを主題としていました。二つ目。「人間の安全保障」という政策枠組は日本人、日本政府が主導したという事実があるからです。国際社会で主流化した理念、政策、運動を日本が主導したことは残念ながら他にありません。"No more Hiroshimas"、"Mottainai(もったいない)"などは世界で普及しましたがこれらは日本由来であっても外国の人によって提起、普及されたものです。

 「人間の安全保障」は1991年のソ連崩壊による冷戦終結以降の社会環境、国家だけでは人々の安全を確保できないという事態への対応のために生まれました。国家の安全保障が機能しないとはどういった状況なのか、想像できますか。大きく分けて三つの状況がありました。
 一つ目には、多くの人々が"分断"に直面し、国から追われ難民になったことがあります。冷戦終結後は世界が平和になることが期待されていたものの、実際は多くの国で民族紛争等の内戦が多発しました。古典的な国家権力の統治の手法として内政の問題を隠すために外部に敵を作り(国家の危機をあおり)国民感情をまとめ上げるというものがありました。しかし、冷戦が終わり外の敵がなくなると内部の問題が国民に露呈し十分な統治ができない脆弱な国が多数ありました。中には意図的に国民を分断し(内部に敵をつくり)、それを利用して統治を行う国もありました。この結果、国から守られない(場合によっては攻撃の対象となる)多くの人が難民となりました。
 二つ目には、グローバル化の進展により、人々の脅威となる感染症、環境問題、金融危機など国境を越え、自国だけでは管理も防御もできない脅威が発生したことです。
 三つ目は"非対称の脅威"というもので、国と国であればより強力な国家の軍事力で対応できますが、テロのような形の異なる脅威には軍事力での対応が難しいということです。体の大きな象はライオンに勝ててもアリに勝てるとは限りません。
 コロナの脅威は二つ目と三つ目にあてはまります。コロナが国家の"パワー"で抑え込めないにしても、コロナへの恐怖心によって、流布されるデマに人が踊らされ理性を失い、特定の人達を排除するという一つ目の脅威を生んではなりません。

 2000年の国連ミレニアムサミットの時に当時の国連事務総長のコフィ・アナンの要請により、緒方貞子(元国連高等難民弁務官)とアマルティア・セン(厚生経済学者/(ノーベル)経済学賞受賞)を共同議長とする人間の安全保障委員会が設置され、この概念の精緻化と実践に向けた議論とそのとりまとめが行われました。この委員会の設置とその後の普及のために、日本政府が資金面を含めて多大な貢献をしています。「人間の安全保障」の議論や成果について皆さんにお伝えしたいことはたくさんあります。しかし、この紙面では無理ですので、脅威やリスクへの向かい方の基本的な考え方だけを選んで以下に紹介します。今のコロナ問題を終息させるために、また次の流行に備えるために活用できる視点があると思います。

① 個人や地域社会など社会の基本となる構成員が国に守られるだけの存在でなく自らの能力強化"Capacity Building"をはかることが一番 重要となります。教育や正しい情報へのアクセスという手段が有効です。
② 国などの役割になりますが"Prevention"や"Mitigation"という考えで、脅威やリスクを予防、防御、軽減(減災)することです。これには皆さんのような研究者による研究成果や技術開発が大きな役割を果たします。
③ 社会のシステムに「備え」を持つ"Coping"や"Adaptation"という考えで、防ぎきれない脅威に対処する、適応する、或いは共存していくためのもので、例えばセイフティーネットや保険(保障)という仕組みや防災訓練のようなものもあります。
④ 個人等の基本の構成員が地方自治体や国というタテの関係や、異なる役割の組織や他の地域などヨコの関係でつながることができること、ネットワークによる強靭さの確保が重要となります。

 「人間の安全保障」はコロナの問題が終結した後の社会(ポストコロナ)を生きる上でも有益な考えです。"脅威"と"リスク"に向き合うための「人間の安全保障」が何故有益なのでしょうか。
 なぜなら「人間の安全保障」の考え方は、必ずしも同じとはいえない"脅威"と"リスク"、それぞれに対応する概念を持ち、ポストコロナの社会は"脅威"と"リスク"の構造を抱えているからです。
 コロナが一旦終息しても再流行の可能性や新たなウイルスによる脅威、また、多発する震災(災害)と感染症とが重なる場合どのように被災者を救援するかも現実的な脅威であり大きな課題です。
 一方で"リスク"とは、「今の状況を変える大きな変化」のことを指しています。その「変化(=リスク)」の中では通常ではないような大きな成果を獲得できるチャンスもありますが、大きなダメージを負う、或いは社会に取り残される可能性もまた高いのです。コロナが世界中に与えた被害の甚大さから、ポストコロナの社会は、ものの考え方、生活様式、技術など様々なものが大きく或いは急速に変化する可能性があります。つまり私たちはこれから"リスク"の高い世界に生きることになります。以上が、「人間の安全保障」の考え方が有益と考える理由です。

 皆さんが自分自身でできることは限られているかもしれませんが、基本的な考え方で紹介した「①の個人の能力強化」や「④のネットワークを形成」については今からでも準備できることだと思います。

(終わり)

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