豊橋技術科学大学五十年史

めざせ、世界の技術科学大学 元学長 大 西 隆 学長経験者として、こうして50年史に寄稿できることに感謝します。振り返ると、私は技術科学大学や高 等専門学校と浅からぬ縁を保ってきたことになります。博士課程を終えて最初に就職したのは本学の姉妹校で ある長岡技術科学大学であり、当然ながら多数の高専卒業生が研究室に加わってくれました。大学等で研究を 続けたり、学んだ専門を生かしてより広く社会で活躍してきた卒業生達とは、現在でも交流が続いています。 加えて、本学では学長として 6 年間にわたり学生、教職員の皆さんとともに過ごしたわけで、技術科学との触 れ合いは仕事人生の中でかなり濃いものでありました。 そうした経験を通じて感じてきたことは、本学には、物事の道理を極めるのに熱心で、かつそれを尊重して 生きようとする精神が学生から教職員に至るまで横溢しており、共感でき、過ごしやすかったことです。自分 ではそれを「技術科学の精神」と呼んで、本学の特長としてアピールしてきたつもりです。モノづくりの国と しての日本に根差した美徳であり、またその成果である技術の発展への貢献自体とともに、本学の誇るべきも のと思います。 ただ、昨今の世の中、日本が置かれている状況をみると、科学と技術の発展が国を支える、つまり科学技術 立国とだけいって安閑としてはいられない気になります。象徴的なのは、この国に子孫を残すのを躊躇っている 人がかくも多いのかと思わせるような出生率の低下、その帰結としての人口減少です。東京などの大都市に人が 集まって、そして縮んでいくという状況は、とても未来に希望を持った国での現象とは思えません。社会がもっ と熱情に溢れ、しかもそれが未来への期待へとつながっていくために技術科学は何ができるのかを考えることも 本学の課題や目標に加える必要があるのではないかと思うのです。もちろん、導かれる結論の一つは、技術科学 をもっと磨いて、社会をより快適で、幸福感に満ちたものにすることですが、それはこれまでも本学が追い求め てきたものでもあります。さらに加えることがあるとすれば、いわば技術科学の伝道師として、この分野の成果 を世界に広めることを通じて、人類社会の課題の解決や問題の縮小に役立たせることであり、さらには、技術科 学をより広範な人々に担ってもらうよう学び舎としての門戸を世界に広げることではないかと思います。 学長時代に、モンゴルやマレーシアを始め、多数の留学生が本学に来ている国々を訪れたり、そうした国か らの来訪者と面談して、モノづくりに優れた国の教育研究の拠点としての本学とのより濃密な交流への期待が 強いと実感したことを思い出します。発展途上といわれる国々が次第に成果を上げて、世界でより輝く地域に なろうとするにつれて、科学技術の探求への期待はより一層強まるに違いありません。そうした期待に積極的 に応えるべく、国際的な交流をさらに広め、卒業生を媒介に日本の諸産業の一層の国際的な展開の橋渡し役を 担うことを、次の 10 年の課題としてはどうでしょうか? 50 周年のお祝いの欄に、もっぱらこれからの 10 年 への期待を綴るのは場をわきまえないことかもしれませんが、先に述べたような “ 希望を失って停滞状況 ” に 陥っている国に未来を指し示す上でも、減少気味と思える本学の留学生受入れに、抜本的な改善を施すことが 必要と思います。留学生の増加や研究交流の国際化に期待するのは、若者世代が減少し続ける大学淘汰の時代 にそうしなければ生き残れないという受動的な意味からではありません。先に述べたような、技術科学の伝道 という使命感に基づき、人類社会の平和や発展に少しでも貢献するという気概を持って国際化を進めていただ きたいと願っています。

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