豊橋技術科学大学五十年史

開学 50 周年に寄せて――「技術科学」の 灯が照らす、地域と世界の持続可能な未来 豊橋技術科学大学 特別顧問 神 野 吾 郎 豊橋技術科学大学が開学50周年という輝かしい大きな節目を迎えられましたことを、東三河の産業界を代 表し、また長年、特別顧問として共に歩ませていただいた一人として、心よりお慶び申し上げます。1976 年、「技 術を科学する」という、それまでの高等教育の概念を打ち破る独創的な理念を掲げてこの豊橋の地に産声を上 げた貴学は、今日、日本のみならず世界が認める実践的な工学教育・研究の拠点へと見事な成長を遂げられま した。この半世紀にわたり、知の最前線で研鑽を積み、社会へと羽ばたいていった数多くの修了生諸氏が、今 この瞬間も国内外の産業界を支える屋台骨となっている事実は、我々地域住民にとっても、また共に歩む経済 界にとっても、この上ない誇りであります。 私が貴学の歩みを振り返る中で、特に深く記憶に刻まれているのは、大学のあり方を根底から変革し、世界 へと繋げようとする強い意志に触れた日々です。かつて私は「スーパーグローバル大学創成支援事業」の採択 に向けた構想推進に、地域経済の立場から微力ながら携わらせていただきました。当時の貴学が掲げた、教育・ 研究の全方位にわたる国際化、そしてキャンパスそのものを一つの地球村とする「多文化共生キャンパス」の 実現という高い目標は、地方国立大学という枠組みを大きく超えた、極めて挑戦的かつ野心的な試みでありま した。この構想を起点として、貴学は言葉の壁や文化の差異を超え、世界中から多様な才能が集う「知の回廊」 へと進化を遂げられました。その一翼を担うべく、設立に関与させていただいた「TUTグローバル人材育成 支援事業(外国人留学生援助金)」は、志を抱いて日本へ、そしてこの豊橋へとやってくる留学生たちが、経 済的な懸念を抱くことなく学問と研究に没頭できる環境を整えるためのものでした。多様なバックグラウンド を持つ若者が、実験室で議論を戦わせ、あるいは地域の祭りに参加して市民と交流し、互いに切磋琢磨する光 景。それこそが、私が理想として描き続けてきた「グローバルな東三河」の象徴的な姿に他なりません。 さて、目を転じて足元の東三河の経済に視点を移せば、我々を取り巻く環境は今、歴史的な激動の最中にあ ります。カーボンニュートラルの実現に向けたエネルギー転換、AI によるデジタル変革(DX)の加速度的な 進展、そして少子高齢化に伴う深刻な労働力不足。これまでの30年、東三河・遠州地域はバブル期の水準を 超えて着実な成長を続けてまいりましたが、これからの未来は決して過去の延長線上にはありません。自動車 産業をはじめとする地域の基幹産業が、ソフトウェア定義型車両(SDV)や高度な AI 制御、資源循環型社会 といった未知の領域へと大きく舵を切る中、今こそ、現象の背後にある原理を突き詰める「技術科学」の真価 が問われているのです。特に、半導体センサ、デバイス、ロボットの分野における民間企業との産学連携によ る共同研究、さらに、農工、医工連携など異分野融合研究は、今まさに、貴学に求められているものです。私 は常々、「経済は社会の基盤を支えるものであり、その経済を支えるのは、いつの時代も『人』である」と確 信しております。この東三河というまちで学びたい、このまちで働き新しい価値を創造したい、そしてこの豊 橋の地で次世代を育みたい――。そう思える魅力的な地域社会を築いていくためには、大きな目標に向かって 産学官民が従来の「点」の連携から、互いの強みと課題を共有し、新しい解を導き出す「共創(Co-Creation)」 のフェーズへと、さらに一歩踏み込まなければなりません。 現在、この地域では、先人たちの悲願であった設楽ダムの本体工事着工、名豊道路の開通、三遠南信自動車 道、浜松湖西豊橋道路の整備など、地域の価値を高める広域的な連携を可能にするインフラ整備が着々と進ん でいます。しかし、これら物理的な基盤に、持続可能な発展という“命”を吹き込むのは、独創的なイノベーショ ンであり、そこに関わる人々の情熱に他なりません。変化の激しい不確実な世界において、確かな専門技術と、

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