豊橋技術科学大学五十年史

とある。実施場所は企業であり、期間はほぼ 2 ヶ月を要し、8 単位(現在は 6 単位)の授業として実施された。 実務訓練は、学生の実践的教育の他に副次的効果をもたらした。創設間もない大学の知名度を短期間に高めたのであ る。当時の教員の熱意と努力にも助けられ、創設間もないのに就職活動がきわめて順調だったのは、実務訓練制度によ るものが多かった。当時の若い教員も実務訓練先訪問で、現業の技術的ニーズを知り得、産学共同への手がかりに繋がっ たものもあった。 2.1.2.4 らせん型教育 - 学部・大学院の一貫教育 開学から10年程度の間は、当時の高専編入生は、入学時に該当分野の全体についての基礎知識や技術を習得して入 学してきた。一方、1年次入学生はくさび型教育で1、2年次に専門基礎科目を学習したとはいえ、部分的にならざる をえない。異なる教育履歴の学生を学部後期課程でうまく結合し、教育の実を挙げるために取られたのが、らせん型カ リキュラムであった。らせん型カリキュラムでは、基本的な科目については複数回の受講機会を設け、実験や実習と関 連させながら、次回の受講時にはさらに理解を深めさせて段階的に程度を上げ、自然に高い内容を身につけることがで きるよう配慮がなされていた。 2.1.3 博士後期課程の設置 博士課程の実現に向けて昭和 57(1982)年 4 月に博士課程設置検討委員会が置かれてから 5 年を経て、博士課程の 設置が実現した。博士課程の設置は、本学の特色である学部・修士一貫教育を完成させるものとして、学内関係者には 学年進行とともに昭和 57(1982)年度に博士課程が設置されるとの暗黙の期待があったが、設置が実現し最初の博士 学生を受け入れたのは、昭和 61(1986)年 4 月であり、第 1 回の修士課程修了者を昭和 57(1982)年 3 月に送り出し てから既に 4 年が経過していた。その間、博士課程進学希望の学生は、当時の教員の指導等で他大学の博士課程に進学 し、あるいは、いったん企業に就職後に、本学の博士課程に入学して博士号を取得した者もいた。 2.1.4 教育・研究センターの設置と活動開始 昭和 53(1978)年の学生の受け入れに続いて、図書館、語学センター、体育・保健センター、技術開発センター、分 析計測センター、計算機センター、工作センターなどの教育用実験施設や教育・研究施設が整備され、活動を開始した。 2.2 飛躍の時:10年から20年まで 2.2.1 本学と高専の関係の変化 本学は長岡技術科学大学とともに高専卒業生のために設立された大学である。昭和 61(1986)年頃まで、大学に進 学する高専生のうち、豊橋・長岡両技科大に編入学する高専生の割合は60%程度を占めていた。しかし高専卒業生に 対して編入学枠を設ける大学が増加したため、平成 3(1991)年以降、豊橋・長岡両技科大に編入学する高専生数は他 10 豊橋技術科学大学五十年史

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