1.4 基本方針の成立-基本問題検討委員会 昭和 51(1976)年度の予算の決定、国立学校設置法改正案の成立、文部省、愛知県、豊橋市それぞれとの協力事項 の確認と方針の決定、水資源公団、地主および地域住民との協議などを経て、設立準備の作業は進行し始めた。 筑波大学のように「教育公務員特例法」の改正条項の適用を受けるわけではないので、「青表紙」の「管理運営」の 項が掲げるように、豊橋技術科学大学の管理運営は、「基本的には一般の国立の単科大学と同様の方式により行われる ことになり」、「…運営に関する重要な事項についての全学的な意思形成は、教授会を中心として行われることになる…」 が、中心となるべき教授会が未成立の準備段階ではこれに相当するような基本組織が必要であった。その役割を「基本 問題検討委員会」が担った。果たすべき課題は、「学校教育法」第 59 条、「学校教育法施行規則」第 67 条、「教育公務 員特例法」第25条の大学管理機関等の読替に規定された事項、さらに場合によっては「国立大学の評議会に関する暫 定措置を定める規則」の該当事項などであった。 いわゆる『青表紙』に従って 6 課程の大枠が決まり、それぞれを「系」と呼ぶこととし、教育組織と研究組織を位置 付け、当時の言い方の「キーパーソン」、すなわち基本問題検討委員で発足後はそれぞれの「系長」となった面々によっ て採用候補者が集められ、選考された。教官の採用候補者の選考に当たっては、後にいわゆる「榊ドクトリン」と称さ れた基準を学長が立案していた。 1.5 教育方針 1.5.1 カリキュラムの原則 「技術科学大学院」(黄表紙)から「技術科学大学」(青表紙)への構想の変化はカリキュラムに多大な影響をあたえた。 1. 1年次学生の採用によって、 a)大学設置基準の定める一般教育科目、外国語科目、保健体育科目の合計 40 単位の必修を義務付けられたこと。 b)3 年次に編入学してくる高専卒業生とのカリキュラム上の整合性を必要としたこと。 2. 学部と修士課程との間に卒業・入学という区切ができたこと。 a)実務訓練(1学期分)を4年間の中間という位置付けから、青表紙に従えば学部の最終学期、卒業直前となり、 単位不足の場合に翌年再履修ということができず、留年することになる。 b)学部のカリキュラムが過密となること。 c)外国語の到達度の違いを短期間に埋め合わせなければならないこと。 教育面においてこの構想の変貌が与えたものは、従来の大学とは比較できない、もしくは未経験の課題をもたらした。 カリキュラム編成では次の点が留意された。 1. 国際化時代に対応するための学期制度の検討。 2. 授業時間(1校時)50分、75分、100分の検討。 3. 一般教養の開講方式、専門科目との調整と組合せ。 4. 外国語の設置単位と設置方法。 6 豊橋技術科学大学五十年史
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