豊橋技術科学大学五十年史

2016 年度から 2025 年度の 10 年間で本学における留学生に関係する体制が大きく変わった。特に 2020 年度には新執 行部になると同時に留学生支援体制が大きく変わり、コロナ禍や財政面の理由もあり国際交流関連事業も大きく変わっ た。我が国全体の留学生に対する考えも大きく変わった。社会状況も大きな変革期を迎えたと言える。このような背景 と 50 年の節目を迎えるにあたり開学からの全留学生数(図 1)、出身国別留学生数(図 2)の推移を取りまとめた。さ らに、留学生を取り巻く本学の体制がどのように変わったのかを示す図(図3)も記載しておく。コロナ禍前までの国 際交流行事などは40年誌に記述されたものと大きな変化がないため、コロナ禍以降の活動内容をここでは主に紹介 する。 2021年3月末にグローバル工学教育推進機構(IGNITE : Institute for Global Network Innovation in Technology Education)は、当初の役割を終えたことから発展的に解散をした。2013 年 10 月に国際教育センターと共に機構が設 置された当初、機構は国際協力・交流・教育の三つのセンターから構成されており、2018年4月に各センターは各部 門へと名称が変更された。国際交流部門長は 2020 年 4 月から国際協力部門長も兼務していた。 1976 年 10 月に国際交流を特徴のひとつに揚げて本学が開学し、1978 年 4 月に語学センター、2001 年 4 月に工学教 育国際協力研究センター、そして 2002 年 4 月に留学生センターが設置された。2008 年 4 月には語学センター、工学教 育国際協力センター、留学生センターの三センターを統合し、教育および研究の国際化を戦略的に推進するために国際 戦略本部が発足した。 留学生数に関するデータは 10 年誌に記載されているものが残っている。当時の留学生総数は 33 名であった。2020 年度においては 300 名を越えるまでに至り、2021 年 6 月 1 日付では、278 名の留学生が在籍していた。正規学生の全体 数が約2100名であることから14%強を留学生が占めており、これは国内においてはトップクラスの割合であった。また、 国別で見ると、マレーシア、モンゴル、インドネシア、ベトナムが多く、国際的に見ても他の大学では類を見ない構成 となっていた。この留学生の増加は、JICAプロジェクトの支援から始まり、文部科学省の三機関連携事業そしてスーパー グローバル大学創成事業によるものである。その頃は、国別に交流を促進し深化させるためのワーキンググループも あった。 これまでの本学の動きから、開学より工学教育国際協力研究センターの設置までを第一期、国際戦略本部発足までを 第二期、グローバル工学教育推進機構の解散までを第三期と考えることができる。グローバル工学教育推進機構の略称 である Ignite は、「火をつける」、「発火させる」、「感情を喚起する」などの意味があるが、グローバル工学教育推進機 構の設置によって留学生が一気に増加し、学内のグローバル化意識も急激に高まり、多方面で大きな成果を得た。 2021 年 4 月からは新しい波となった。長年にわたり続いていた JICA からの出向者を教員として受け入れることを 止め、留学生支援関係は、2021 年 4 月に新しく設置された学生支援センターへ移行した(2022 年 4 月からは学生支援 統括センター)。また、グローバル工学教育推進センターをグローバルネットワーク推進センターと改編し、マレーシ ア教育拠点をマレーシア海外拠点に名称を変更した。尚、マレーシア海外拠点は 2023 年 1 月からマレーシア科学大学 内に移転した。国際課もなくなり、その機能は各課に分配された。学生支援センターや事務局は、日本人も留学生も分 け隔てなく支援する機関となっている。この概念こそが真の「グローバル化」であると言える。また「グローバル化」 という言葉さえもなくす第一歩となる。 6.留学生 266 豊橋技術科学大学五十年史

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