豊橋技術科学大学五十年史

3.6.2 健康支援センター 健康支援センターは、学内共同教育研究センターとして昭和55年4月に設立された体育・保健センターの改組により、 平成 26 年 4 月 1 日に設立された。その業務は、本学構成員の学生、教職員の心と体の健康管理全般という広範囲に渡 るものとなっている。その業務遂行のために、学校保健安全法に基づく学校医、労働安全衛生法に基づく産業医が本学 において任命されており、本センターにおいて種々の業務に携わっている。以下、健康支援センターとその前身である 体育・保健センターの平成 18 年度以降の運営体制等について紹介する。 平成 18 年度から 24 年度までの体育・保健センターの運営体制は、センター長の安田好文教授、佐久間邦弘准教授、 大塚明美看護師の 3 名体制であった。平成 25 年度から小島俊男教授(医師)が加わり 4 員体制となった。常勤医師が 配置されたのはこれが最初である。平成26年3月に安田好文センター長と大塚明美看護師が退職した。健康支援センター 設立の平成26年4月からは寺嶋一彦センター長と河津美和保健師が着任するとともに、小島俊男教授が副センター長 に任命され、非常勤の原田一郎学生相談コーディネーター(臨床心理士)及び鈴木敦子事務補佐員が加わり、新たな体 制が整った。平成27年4月からは、学生相談コーディネーター室、カウンセリングルーム(2室)及び休憩スペース を含む学生相談室/保健室(B 棟 206 室)が整備され、講義棟に近いことから学生相談、休憩の利便性が高まり、利用 者数も増加傾向にある。 次に産業医、学校医の変遷について述べる。平成 18 年度から 24 年度は、産業医として、いずれも明陽会成田記念病 院から、平成 18 年度・19 年度に宮田幸忠氏、平成 20 年度から 23 年度に大谷宣人氏に勤務していただいた。平成 24 年度は、当初渡邉勇次郎氏で、途中から若杉和倫氏に交代した。学校医は平成 18 年度・19 年度は明陽会成田記念病院 院長の成田真氏が担当した。平成 20 年度から 24 年度までは産業医に学校医を兼ねて頂いた。平成 25 年度は、引き続 き若杉和倫氏に産業医・学校医を委嘱するとともに、平成25年4月に体育・保健センター小島俊男教授が学校医に任 命された。同年 11 月には、小島俊男教授が産業医に任命された。平成 26 年度は、若杉和倫氏と小島俊男氏の 2 名体制 で産業医・学校医の業務を執り行なった。平成27年度は、明陽会成田記念病院から伫祐史氏が着任し、小島俊男氏の 2名体制で産業医・学校医の業務を執り行なった。平成28年から令和3年までは、小島俊男教授が産業医に学校医を 兼ねて頂いた。令和 4 年から豊橋ハートセンターの寺島充康氏と中川香氏の 2 名に産業医を委嘱するとともに、小島俊 男教授が学校医に任命された。 現在健康支援センターでは、学生 ・ 教職員の保健管理及び健康支援ならびにこれらに関する教育及び研究を行なって いる。具体的には、医師、保健師による健康相談や相談窓口担当者による日常的な相談業務、そのほかにも健康に関す る特別講演の開催などといった救急や健康に関するイベントも適宜開催している。 今後は、明るく元気なキャンパスライフと健康職場を目指して、学生や教職員の日常生活や食事の相談や指導ととも に、ヨガやエクササイズなどの簡単にできる健康運動なども取り入れ、生活習慣病予防活動やメンタルヘルスに関する 予防活動を学生課・総務課などの関連部署と連携しながら、実施していく予定である。 187 II 転換の10年

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