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Chapter01

きてみりん!技科大オープンキャンパス/電気・電子情報工学系 教授 (広報部会員) 上原秀幸(うえはら ひでゆき)

本部受付の様子

昨年のエコバッグ

オープンキャンパスの季節がやってきました。高校生・高専生に入試・教育・研究情報を知っていただくのはもちろんのこと、小・中学生、一般市民のみなさんにも「見える技科大」として、来て・見て・体験して・楽しめる企画をたくさんご用意しています。おかげさまで、昨年は過去最多の来場者がありました。そして今年はなんと記念すべき30回目の開催です。
ん!?何かが違う…
きてみりん、天伯の城・技科大オープンキャンパス!

到着したら…
まず「受付」へ向かい、パンフレットやちょっとした技科大グッズをゲットしてください。そして、パンフレットをよく見てみましょう。イベントのスケジュールや地図、企画の説明と実施場所が載っています。研究室公開・体験学習が行われる研究室の場所も載っています。整理券の配布時間と場所には特に気をつけましょう。

ところで、今年のバッグもとってもおしゃれ。昨年に引き続き橋正実さん(今年から本学顧問デザイナーです)に作っていただきました。昨年のバッグを市内のあちらこちらで見かけます。今年も人気まちがいなし!!

最初はどこに行こうかな?
入試案内や大学生活について知りたいときは、「相談コーナー」に行きましょう。受付のそばの「A棟」という建物のホールにあります。各課程・専攻の説明ブースもありますので、もし、お目当ての課程・専攻があれば、真っ先にブースを目指してくださいね。何が特長で、何が学べるのか、教職員が丁寧に説明します。

榊学長による入試案内

研究室での体験学習の様子

研究室を見に行きたいときは、パンフレットの研究室公開一覧を見てみましょう。気になるテーマ、最近聞いたあの言葉、聞いたことも無い新しい言葉、不思議な写真・・・何でもいいので、興味を持った研究室に飛び込んでみましょう。時間の許す限りいっぱい訪ねてくださいね。「技術を究め×技術を創る」を実践している教員や学生達が、最先端の技術をわかりやすく説明します。見学ツアーに参加すると効率よく回れますよ。
見るだけではなく実際に体験できる体験学習を行っている研究室もありますよ。新しい未来を感じたり、自分のやりたいことが見つかったりするかもしれませんね。

大学の施設も公開しています。日本の大学の中で唯一と言ってよい「半導体LSI工場」、「エレクトロニクス先端融合研究所(EIIRIS:アイリス)」で最先端技術に触れてみませんか?「植物工場」では、先進的な技術に支えられた未来の農業の形を見学できます。「人間・ロボット共生リサーチセンター」ではちょっと変わった車いすやロボットの実演をしています。「未来ビークルシティリサーチセンター」でドライビングシミュレータを体験したり、オリジナル電気自動車に試乗してみましょう。「研究基盤センター」ではバナナで釘を打てます。他にもまだまだ盛りだくさんです。

毎年大人気の小学生向け体験学習教室。今年はどんな実験ができるかな。動くおもちゃにひんやりスライム… まず整理券をゲットしましょう。

毎年大人気の小学生向け体験学習教室

見学先が決まらなかったら…
ご安心ください。各種見学ツアーをご用意しています。受付でツアー参加の申し込みをして希望のコースの整理券をもらってください。学生宿舎も見学できます。

歩き回って疲れたら…
「学生交流会館・食堂」へ行ってみましょう。学生課外活動団体が、日ごろの成果を皆さんに披露しています。実際に体験することもできます。昨年は、お茶会体験や留学生によるアトラクションなどのイベントが実施されました。少し、大学生気分を味わうこともできるかもしれません。涼しい図書館でDVDを観ながら、ちょっと一休みしてはいかがでしょうか。

まだまだ…
今年もロボコンで活躍したロボットの実演を行います。実際に操縦できますよ。滅多にない機会ですので足を運んでみて下さい。

オープンキャンパスに行きたくなりましたか?
「技科大ってどんなとこ?」、「何が楽しいの?」、「なんだかよくわからない」と疑問を持たれたのであれば、ぜひ実際に本学のオープンキャンパスを覗いてください。百聞は一見に如かず。きっと楽しめると思いますよ。またそうなるように、我々教職員・学生一同、しっかりと準備して皆さまのお越しをお待ちしています。

きてみりん!オープンキャンパス!!

(この記事は5月31日現在の情報をもとに書かれています。当日のイベントなどには変更の可能性があります。予めご了承ください。)

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Chapter02

イオンの動きがみえるカメラ −平成25年度文部科学大臣表彰科学技術賞【研究部門】授賞−/電気・電子情報工学系 教授 澤田和明(さわだ かずあき)

「見えないものを、見てみたい。もっときれいに見たい。」と、多くの人たちは考えると思います。その理由は、きっと人間が多くの情報を“見る”という行動から得ているからだと思います。また、理解できたとき「やっと見えたよ!」と言ってしまうこともあります。つまり、理解することの第一歩は“見る”ことだからです。

イオンの動きを見ることができるイオンカメラチップ

約15年ほど前、ふとしたきっかけで“イオンの動き”が見えたらおもしろそうだな、と考えました。でも、イオンが見えたら何の役に立つかはわかりませんでした。ただ、私だったら“イオンの動き”が見えるカメラができる確信がありました。なぜなら、学部4年生の時に当時珍しかった半導体型イオンセンサを研究し、そして“イオンの動きを見たい”と思ったときは、イメージセンサの研究をしていたからです。イメージセンサの研究をしている仲間の中で、イオンセンサの原理を理解しているのは、私だけだったかもしれません。だから、イオン信号をCCDイメージセンサ原理で検出することを発明するのは、一瞬だったと覚えています。

その原理の着想から、本当にイオンの動きをディスプレイの画面へ出すまでは、多くの仲間や先輩方のアドバイスをいただきました。LSIを水の中で動かすなんて、これまで誰も行っていなかったので、一つ一つが挑戦だったと記憶しています。でも、その一つ一つを研究室の学生さんのアイデアやミーティングでの議論が解決してくれました。初めてディスプレイに映し出されたイオンの画像は、10×10(100画素)の、画像とはほど遠いモザイクの濃淡の変化でした。(その画像を見てイオンの動きを見ているとは誰もが到底感じなかったと思います。)しかし、画素数が32×32(1000画素)、128×128(1万6千画素)となるにつれて、イオンが動いている様子をはっきり見ることができるようになり、このイメージセンサを使って研究を行いたいと考える仲間が次第に増えてきました。きっと、“見えた”ことにより、このイオンカメラを使うことで、今まで誰も見たことがない現象を解明する(“わかる”)可能性を、仲間の皆さんが想像することができるようになったからだと思います。

今回の受賞は、最初の“イオンの動きが見えたらおもしろそう”と考えたときから、その思いを一歩ずつ現実にしてきた仲間と一緒にいただけたものと思っています。しかし未だに、“proof of concept (概念実証)”には至っていません。このイオンが見えるカメラが、本当に私たちの役に立ってこそ、最初の思いが実証でき、本当の“道具”になるからです。今後はこのカメラを用いて、これまでわからなかった事象を“理解できた”と皆さんに言っていただける道具に仕上げたいと新たな決意をしています。

海馬のイオンの動きをリアルタイムでとらえた撮像例

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Chapter03

「生命」を軸とした環境工学技術者(生命環境工学技術者)育成プログラムの実践/環境・生命工学系 教授 岩佐精二(いわさ せいじ)

【生命環境の維持発展に関するパラダイムシフト】
我が国では経済成長を優先し高度成長を遂げてきましたが、付随する生命環境への負荷を回復するために膨大な時間と費用を費やさざるを得ませんでした。同時に様々な環境技術を開発してきましたが、私たちは次世代への責務として生命環境の維持・発展モデルを提唱し、持続的な発展性のある社会の構築に向けて大学としての役割を果たさなければなりません。すなわち生命環境の維持発展に関するパラダイムシフトが必要です。とりわけ昨今のアジア諸国の急速な経済発展に伴うグローバル化の状況において、生命環境のリスクを事前に予測し、建設的に対応できる技術者の育成が望まれています。このような観点から、本学では生命環境関連課程・専攻が設置され、生命環境の維持・発展について教育・研究を行っています。しかしながら多くの優れた先導的技術は機械、電気、電子、情報、建築などの異分野から生まれます。すなわち生命環境関連課程・専攻内だけの教育では不十分なのです。全ての科学技術分野で生命環境の維持・発展を共通認識として自らの技術科学を発展させることが必要です。わたしたちはこのような生命を軸とした環境工学技術者を生命環境工学技術者と名付け、本学の平成25年度特別経費新規事業として、教育プロジェクトを実施することになりました。

【生命環境工学技術者教育の必要性】
本学の継続的な教育改革に伴う教育組織再編に連動し、技術科学の全分野において「生命」を軸とした環境工学技術者(生命環境工学技術者)の育成に関する実践的教育プログラムを開発・実施し、「生命」を軸として、異分野の教員が協働することにより、本学の最大の強みである「モニタリング技術」を駆使する高度な生命環境技術を活用した持続的発展社会への貢献ができる技術者を育成します。
本学は、医療・福祉、脳・生命、環境・農業等、広汎かつ多様な先端分野におけるエレクトロニクスセンシング技術で世界を先導する研究を行っています。このような背景のもとに本事業では、従来のプロジェクトでは注視されてこなかった、生命環境の維持・発展に寄与する技術科学の全分野において「生命」を軸とした環境工学技術者の育成を推進します。本事業の推進により高度な生命環境技術を活用した持続的発展社会への貢献が可能となります。5年計画で事業を推進し、全体計画は教育から社会貢献に至るまでを包括していきます。

【生命を軸とした環境工学技術者像】
このように事業達成による波及効果は生命環境リスクに対応したモニタリング技術を使いこなすことのできる人材、モニタリング技術を開発できる人材の養成を目指した、新しい教育システムの構築・実現により、産業界で求められている生命環境工学技術者の人材育成に貢献することが可能となります。また、異分野が融合した領域における新世代イノベーションの創出は、モニタリング技術に期待される最も大きなテーマであり、本事業で新たに構築する教育プログラムはそのような分野で活躍できる人材を輩出し、我が国の成長戦略を支えるイノベーション創出に貢献します。
厳しい国際競争下にある我が国の産業界において、モニタリング技術を駆使した生命環境の維持・発展を阻害するリスクを回避する研究開発手法を高めることは、製品開発力、ひいては国際競争力を強化し、我が国の産業界の高い研究開発ポテンシャルを持続可能なものへと転換することができます。そのような未来技術開発ポテンシャルを基盤にしてグリーン/バイオ・イノベーション創出に資することができれば、21世紀の我が国の豊かで安心安全な、そして持続可能な社会基盤の構築に貢献できると考えています。ご期待ください。

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Chapter04

豊橋市指定文化財『商家駒屋』の復原監修/建築・都市システム学系 准教授 泉田英雄(いずみだ ひでお)

21世紀に入っても2006年中部ジャワ大震災や2007年能登半島地震など、国内外に大災害が続き、そして2011年3月には東日本大震災が発生しました。多くの人命財産とともに、地域のアイデンティティとなっている文物や景観も失われました。残った僅かなものに私たちはどれほど勇気づけられ、そしてそれが私たちにとって大事なものであるのか改めて気付かされます。

豊橋市は江戸時代には吉田城とともに二川と吉田の二つの宿場町が置かれ、戦災や開発によって当時の姿は

復原工事直前の駒屋の正面

大きく変わりましたが、旧二川宿地区には多くの古い建物が残されています。宿場町としての必須の施設である本陣、旅籠屋、商家の三つが揃っているところは他の旧宿場町にはなく、豊橋が誇るべき文化財として所有者から建物の寄贈を受けて、1987年に修復活用することにしました。順次、本陣と清明屋(旅籠屋)が修復公開され、2012年度から駒屋(商家)の修復事業が始まりました。

これについては、私は2007年度の復原活用基本計画から係わり、建物の状態を子細に調査するだけにとどまらず、文化財として何を残し、修復すべきか、またどのように維持、活用していくか、市担当部局と地域住民の方々と議論を交わしてきました。この基本計画に基づき、2011年度に伊藤建築事務所が実施設計を作成し、また2012年10月に安藤ハザマの請負で修復工事が始まりました。同事務所で実施設計を担当したのが本学卒業生の澤村喜久夫氏で、本陣と清明屋の復原実施設計の経験があり、駒屋の復原監修においても大変心強いパートナーとなってもらっています。

駒屋はこの地で商売をやっていた田村家の屋号であり、もともと二川宿で医業を営んでいましたが、18世紀初頭に家業を問屋に替えました。商売は順調に発展し、1814年に主屋を新築しました。江戸末期から明治時代にかけての当主は商才のみならず文才もある方で、人を集めてお茶や書画を嗜んでいました。自ら建築書を参考にしながら、明治中期に茶室を、さらに大正初期に離れ座敷を普請し、これらが現在の駒屋の建物として残されています。残念なことに二川町田村家の最後の当主は東京で医学を修め、東京帝国大学の医者となられ、本宅を東京に移してしまいました。その後、親戚が建物を丁寧に維持管理してきたため、昭和初期で時間が止まった状態になっています。

離れ座敷の軒裏から発見された鉄製桔木

敷地には、主屋、茶室、離れ座敷、土蔵3棟をはじめ、9棟もの文化財建物がありながら工期が3年間と短いので、工事は急ピッチで進められています。主屋は建設されてから二百年が経ち、その間に商売や家族構成がかわり、また災害に襲われたこともあって、大きく修理・増改築が行われています。文化財の復原工事では建設当初の姿に戻すことが基本ですが、田村家が最も商家として繁盛した様子を見てもらうことも大事なことです。そのため、建物の改造と新築の過程を克明に追い、また材料と技術の特定を行っているところです。

明治時代の当主は広い交友関係を持った人物で、茶室と離れ座敷を作る際に自ら書物で勉強するとともに、東海地方の文人に相談しながら一流の材料と職人を選んだそうです。現在、復原瓦の特定を行っていますが、明治の名瓦師と言われた碧南の杢兵衛に製造を頼んでいますし、また、軒の垂れを防ぐために錬鉄の桔木を垂木の中に潜ませています。二川宿の代表的な商家である田村家の屋敷であり、また、そこに非常にすばらしい技術と材料が使われており、豊橋市が文化財として十分誇れるものになるよう復原調査と監理を行っているところです。

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