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Chapter01

iPS細胞:発見から医療へ/学長 榊佳之(さかき よしゆき)
榊学長
iPS細胞で起こっているプログラムのリセット
2012年のノーベル医学生理学賞はiPS細胞の発見者である山中伸弥教授が英国のジョン・ガードン博士とともに受賞しました。iPS細胞は再生医療の切り札と言われていますが、受賞理由は「体細胞のリプログラミング(初期化)による多能性獲得の発見」(for the discovery that mature cells can be reprogrammed to become pluripotent)となっています。既に新聞や雑誌などでも何度も解説されていますがもう一度確認しておきましょう。

受精後に始まる体の形成(発生)のごく初期には細胞は心臓、肝臓、神経など、どの組織にもなれる「多分化能」を持っています。しかし、ある段階を過ぎると各々の細胞の特異性が明確となり、それぞれ心臓、肝臓、神経を形成する細胞としての運命付け(コミットメント)が行われます。これは遺伝情報の中の特定のスイッチが働くことで、それぞれに運命付けされた遺伝情報プログラムが動き出すためと考えられ、「逆戻りできない」というのが生物学の常識でした。この常識に疑問を呈したのがガードン博士です。今から50年前の1962年、カエルの受精卵から遺伝情報を持つ核を抜き取り、既に運命付けされていたカエルの皮膚細胞の核と入れ替えたところ、全く正常なカエルが生まれてくることを発見しました。皮膚に運命付けされていた遺伝情報でも元に戻れる「初期化」が可能なことを発見しました。しかしこの発見は長らくカエルの卵での特殊な事象ではないかとも言われてきました。この「初期化」がたった4つの遺伝子を使ってマウスやヒトの細胞でも可能なことを示したのが山中教授の発見です。今回のノーベル賞はこの遺伝情報の「初期化」と言う、生物学の「常識」を覆す発見に対して授与されました。

メディアはじめ社会では山中教授がiPS細胞と名付けた初期化された「多分化能細胞」を使うことでの「再生医療」への期待が大きく膨らんでいますが、医療応用という点ではまだ多くの課題が残っています。山中教授は受賞後も自らの目標、即ち医療への応用へはまだ途半ばであることを繰り返し述べています。工学でも新しい発見や技術開発が実用化されるまでには、多くの課題を乗り越えなければならないのと同じです。最大の課題は細胞のがん化のリスクです。iPS細胞形成に使われる4つの遺伝子のうちcMycと呼ばれるものは元々がん遺伝子として発見され、がん化を引き起こすリスクがあります。これにはcMycの代替遺伝子を使う方法なども開発されていますが、初期化効率、増殖速度などに課題が残るようです。また4つの遺伝子を細胞に導入するために使われる「運び屋DNA」もゲノムを傷つけるリスクがあります。本学の水野教授のところで行われている、電気的な手法でDNAを注入する技術は改善に役立つかもしれません。もう一つの課題はiPS細胞を目指す特定のタイプの細胞に運命付ける確かな方法が見つかっていないことです。たくさんの試行の中から良いものを見つけ出す「運に任せる」やり方は研究段階では良くても医療応用となると問題です。目指すタイプの細胞に効率よく誘導させる適切な誘導物質の発見が求められます。また、誘導されたiPS細胞の中から目的に沿ったものを見つけ出す検出技術も求められています。細胞をすり潰すわけにはいきません。生きたままで、しかも1細胞もしくはごく少量の細胞が対象です。本学で開発されつつある微細な細胞操作技術、高感度センサ技術などは応用できるかもしれません。iPS細胞を生きたままでモニタリングする技術は多数の化合物の効果をスクリーニングしなくてはならない薬の開発にも大きな力となるでしょう。

この他にもiPS細胞の「実用化」にはまだいくつかの課題があるのも事実です。その解決には医学・生物学だけでなく多くの学問分野、特に工学的手法や技術の応用が不可欠と思います。本学の先生方も、学生の皆さんもiPS細胞、更には医学・生物学の進歩にも関心を持ってこれからを進んでほしいと思います。
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Chapter02

「センサの医工連携への展開」/電気・電子情報工学系 教授 澤田和明(さわだ かずあき)
半導体・LSIは、パソコン・家電等の電子機器だけではなく、自動車・ロボットなど多くの分野に用いられ、安全で快適な私たちの暮らしを支えています。この半導体を作る技術を利用して、いろいろなミクロンサイズのセンサが製作され、私たちの気がつかないところで活躍しています(たとえば、スマートフォンの傾きを検知する加速度センサ、人の気配を感じて照明などを制御する人感センサ)。自動車などのために開発されてきたミクロンサイズのセンサ技術をもとに、私たちの健康管理や病気の早期診断のための新たな研究・開発が始まっています。健やかで充実した人生を送ることは私たち万人の願いであり、そのための新たな医療用センサの開発が望まれています。これらのセンサの助けを借りて、自宅で健康な生活を送ることができれば、私たちのQOL(生活の質)を高めるだけでなく、現在社会問題になっている医療費の削減にもつながることが期待できます。

エレクトロニクス先端融合研究所(EIIRIS)と本学のLSI工場(ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー)では、開学以来開発してきたセンサ技術を基盤として、バイオ・医療分野に向けた新たなセンサの開発を進めています。これまでのセンサは工学系研究者のみで開発が行われてきましたが、医療用途のセンサ開発のためには医学系研究者との連携が不可欠です。エレクトロニクス先端融合研究所には多くのバイオ・生物・医学系の研究者と工学系センサ研究者が一堂に会し議論する場があり、世界に類を見ないセンサを実現する最適な研究・開発の環境が整っているといえます。

イオンイメージセンサで撮影
EIIRISとLSI工場で進めている医工連携研究の一例として「イオンイメージセンサ」を紹介します。一般的なイメージセンサは、光強度の分布を取得するものですが、「イオンイメージセンサ」は、イオンの分布を動画で見ることが可能です。これまで世の中には、イオンの動きを動画で表示できるセンサは存在せず、たいへんユニークなセンサを開発することができました。異なる水素イオン濃度の液体が混ざっていく過程を動画像で撮影したスナップショットを右に示します。このユニークなセンサを、 EIIRISや外部機関の医学系研究者と連携しながら医療用途に向けて研究を進めています。これまで、医学分野、バイオ・生化学分野の研究者・技術者は、光学顕微鏡を使って“光”の情報をもとに様々な現象を見出してきました。この「イオンイメージセンサ」は、生体本来の活動を司る“イオン”を直接観察することができ、今まで誰もが見ることができなかった細胞の代謝活動等など観察できる可能性を持っています。この「イオンイメージセンサ」を用いて、 EIIRISの研究者が、新たな顕微鏡システムの開発を行ったり、国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)ではアルツハイマー病の超早期診断に向けた検査装置の開発を進めています。

医学系研究者にとって、新たな原理を持つセンサの出現はこれまで捉えることができなかった現象を見出す機会を、工学系研究者にとって、医学系研究者との連携はセンサの実用化を進める機会をもたらします。本学で発明された「イオンイメージセンサ」の医療分野への展開が進んでいることは、医学と工学の研究者が常にコミュニケーションを取りながら連携できる場所と時間を与えられたことが大きかったと確信します。この開発を通して医工連携成功の鍵は、少しずつ互いの専門分野に入り込んで、忌憚ない(ずうずうしい)真摯な議論と、手を動かす(おせっかいな)連携を行っていくことが重要だと感じています。
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Chapter03

医工連携による介護福祉ロボットや病院内サービス支援の研究開発/人間・ロボット共生リサーチセンター長 寺嶋一彦(てらしま かずひこ)
人間・ロボット共生リサーチセンター
「スマート介護ステーション」の開発状況
ロボットテクノロジーの2015年の市場規模は2,7兆円、2020年では4,5兆円といわれています。また、リハビリテーション・介護ロボットなどの介護福祉分野で利用されるロボット技術の市場は、2010年で2,400億円規模、2020年には、5,400億円と2倍以上の市場となることが見込まれており、ロボット技術は、ポスト自動車産業を担う次世代産業技術として重要な成長産業です。このような社会情勢の下、現在、本学人間・ロボット共生リサーチセンターでは、文部科学省概算要求特別経費(平成24-28年度)の支援を得て、「超高齢社会を活性化する次世代スマート介護システム・ステーションの開発」の研究を行っています。介護ロボットの研究開発だけでなく、移乗、搬送・移動、リハビリ、入浴・トイレ補助、作業支援など、介護をトータルなシステムと捉え、「いつでも、どこでも、だれでも、すぐに」を合言葉に、ロボットを利活用できる最適システムの構築を目指しています。

全方向移動パワーアシスト介護ベッド
(医療法人さわらび会−福祉村病院と共同開発)
この目的を達成するため、現在、2つの医工連携の共同研究が走っています。1つは、本学に隣接する「医療法人さわらび会-福祉村病院」との連携です。人間型ロボットは、介護に対する方法として有力ですが、実用化にはまだ時間がかかると思います。また、HALなどパワースーツも有力ですが、装着や信号処理など個人差の対応をいかにするか等、介護用としての実用化にはこれも時間がかかるものと思われます。それに対して、我々は、パワーアシストベースのリフトを利用した移乗介護システムや、可動式の移乗器の研究を進めています。従来のリフトは、リモコン式で被介護者に恐怖心を与えていましたが、提案方式は、人が両手を添えて支援するパワーアシスト方式なので、介護する人にも介護される人にも、優しい支援方法です。 また搬送機器として、全方向移動ビークルのプラットフォームを開発しています。従来の全方向車輪は、特殊な形状が多く、悪路に弱く、段差越え能力も低いのに対し、我々は、タイヤを用いた新型差動駆動操舵機構(DDSS)によるユニークな全方向移動機構を開発しました。平歯車5つを利用し、機構の工夫をしたDDSSにより、段差越え、悪路走行に加え、モータ容量半減の省エネを実現しました。さらに、同じコンセプトで、全方向移動型車椅子やパワーアシスト型全方向移動ベッド、また免荷式全方向歩行訓練支援ロボット等、続々と新ロボットの開発を行っています。福祉村病院の理学療法士らの指導のもとに現場で受け入れられるものを開発することを念頭にしています。特に介護ベッドは、共同研究により初めて開発されたもので、福祉村病院で実証していく予定です。

病院内回診ロボット
(福島県立医科大学と共同開発中)
もう1つの連携は、福島県立医科大学との病院内回診ロボットの共同開発です。廊下ではロボットが医者に自動で追尾し、室内ではパワーアシストモードに切り替えが随時でき、医者の手操作でロボットをベッド傍の任意の位置に容易に設置できます。診察中は患部の自動撮影、生体信号の自動計測・データ格納、自動データベースの作成など電子カルテを作成できます。また開発ロボットは目を有し、廊下などで人とのすれ違い時に目の動きにより意思表示ができ、職場を明るくする感情表現ができる等、移動だけでなく診察、癒しの機能も兼ね備えた革新的でスマートなロボットです。看護師不足に対する労働アシストや、回診作業のミスを防止することができます。本学が保持するロボットのシーズ技術である、全方向移動機能、追従・障害物回避機能、パワーアシスト機能、コミュニケーション機能等と、福島県立医科大学側のニーズが合致し、福島県立医科大側の要請により平成24年4月より共同研究が開始されました。完成期限は平成25年3月末と開発期間が1年という短期間ですが、従来から密接な協力関係にある企業4社も加入し開発を行なっています。

医療・福祉分野の研究においては、現場は病院や医科側にあり、工学側としては医工連携は不可欠です。ニーズとシーズを提供し合い、イノベーションが生まれます。医工連携により、本学の研究者や学生も現場を理解し、また使命感を持つことができます。

ノーベル賞を受賞された京都大学山中伸弥教授によるiPS細胞の研究をはじめ、医療関係者は、「人の命を救い、人を助ける」素晴らしい使命を持った仕事をなされています。一方、我々「エンジニアの使命」は何でしょうか?命に限りがある人間が、楽しく、生き生きと暮らせるために、「数々の文明の利器」が生み出され、我々はその恩恵を受けて生きています。「それらの多くを生み出してきた」のが技術者・研究者であることを考えると、エンジニアは素晴らしい使命をもった仕事です。心を引き締め、夢を抱き、人間・ロボットリサーチセンターの教職員が一丸となり頑張っていきます。
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