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第12回 竹中 征夫 氏 『グローバルに進出する日本企業の課題』 2/7ページ

はじめに

ご紹介にあずかりました、竹中です。今日は、豊橋出身ということでかわいがっていただいております私の先輩である神野さん(神野信郎氏 サーラグループ名誉顧問、中部瓦斯株式会社相談役)にこの講演の機会をつくっていただきました。石田先生(石田誠 名誉教授・特別顧問)にはわざわざ東京の弊社まで来ていただきまして、ありがとうございました。

竹中征夫氏

今日、講演するにあたり、私には2つの喜びがあります。まず、第一番目として、若い学生の皆さんと話ができることです。これは大きな喜びです。これからの日本を背負って立つ若い人たちがいつも次の時代をつくっていくわけです。先輩の私たちができることは、若い学生に夢を与え、ビジョンを与え、そしてこれまで学んだノウハウ、知恵、工夫を伝えることが仕事であると思っています。先に謝っておきますが、そのチラシに私の顔写真が出ています。今週月曜日に、「私は文系なのですが、今度理工系の豊橋技術科学大学で講演するのですよ」と自慢しましたら、「竹中さん、あなたは若いと思わせるためにこの写真をチラシに使っているのですか」と言われ、「いや、いや、そうではありません、本物です」と申しました。この写真を私がなぜ使うかというと、これは私の精神年齢だからです。肉体年齢ではないのです。私は74 歳です。しかし、自分は74歳だと思ったことは一度もありません。50歳ぐらいの人間だと思っています。そういう思いでできるだけ行動を起こし、また、日々考えております。

もう1つの私の喜びは、生まれ故郷で皆さんに講演できるということは、若い頃、中学校のときに豊橋を離れた私としてはとてもうれしいことなのです。このような場に立てるということだけでもうれしく感じます。私は15歳のとき、母親に連れられていやいやアメリカに渡りました。本当に行くのがいやでした。私は豊岡中学校で鈴木一仁先生という素晴らしい先生に出会いました。剣道の先生でもあり、私は剣道を一生懸命やっていました。鈴木先生のおかげで豊岡中学校は県大会で何度も優勝しています。

そんなただ中でアメリカに連れて行かれたものですから、個人としては非常に不満でした。しかし、この私の体験が、きっと皆さんのお役に立つのではないかと思いますのでお話したいと思っています。

最初、私は、理工系のこの大学で何を話したらいいかと思いました。正直な話、石田先生に「私には向いていないのではないでしょうか」と申しました。しかし、私はふと思いました。若い皆さんと話ができるということもそうですが、もともとハーバード大学MBAという学科は、技術者に会社経営と運営、経済を教えるためにつくられたのです。文系の方より、当然技術系の方々の頭はいいのです。その人たちが経済、ビジネスがわかれば、より一層よい社長になれるはずなのです。そういう意味で、今日、私はMBAのつもりでこの講演に参りました。私のビジネス体験をお聞きいただき、きっと皆さんがこれから歩んでいく道の中で、「昔、竹中という人がこんなことを言っていたな」と思い出していただければ幸いだと思っています。

講義の様子

グローバル時代に海外へ

皆さんご存じのとおり、いまはグローバル時代です。テクノロジーの進展で世の中はガラリと変わりました。遠くアルゼンチン、アフリカの方々とも、一瞬で、eメールで話ができます。商売は24時間動いています。このグローバル時代、私は、日本がやらなければいけないことは、若い皆さんをもっと海外に出すことだと思っています。これは自分の体験の中からはっきり言えます。「かわいい子には旅をさせろ」という諺があります。海外に出て、海外を体験すると、何が起こるかと言いますと、世界を学ぶより先に日本を学ぶことになるのです。外に出て日本を見ると違った見方ができます。この狭い島国日本の中にいると、日本がなかなか見えません。しかし、外に出ると非常によくわかります。そういう意味からも、ぜひ、皆さんに外に出て行ってほしいのです。

もう1つ、いま、日本の現状を見ると、先行きは非常に暗いでしょう。人口もすでに減ってきています。人口統計の形は逆ピラミッドになっています。若い人よりお年寄りが圧倒的に多いのです。人口減少はどんどん進みます。40年経つと就業人口は半分になるだろうと言われています。つまり、それだけ人口が減るとビジネスが減るのです。すると、過激な競争が起こります。この過激な競争を皆さんはわかっていらっしゃらないかもしれませんが、日本の過剰競争は、世の中の外とは違う形なのです。後ほど申しますが、日本は農耕民族だからです。なかなか大きく動くことができないのです。そうしますと、倒産、売却、清算をやることが恥なのです。何とか恥をかかないように皆さん頑張るわけです。

いまでも、私がこの話をするときに言うのは、日本の食品業界をご覧いただきたいということです。日本の食品業界は、昔の日本が取った半導体の道なのです。ご存じのとおり、半 導体はテクノロジーの進化で、どんどん新しい工場が必要になり、100億円で建てた工場の投資を回収する前に、もう次の工場をつくらなければいけない、そういうビジネスになっています。これを2回ぐらいやると、当然、日本のサラリーマン会社では耐えられません。ですから、日本は半導体から手を引いているのです。半導体で大きく伸びたところは、韓国の財閥系、台湾の財閥系、狩猟民族国アメリカの猛烈なインテルといった会社しか残らないのです。食品業界がなぜこの道を歩んでいるかというと、ご存じのとおり、どんどん人口が減りますから、食料を消費する人がどんどん減っていくわけです。その上に、たまたま残念なことに流通小売業が圧倒的な力を持ってしまったことです。昔はもののない時は製造会社が強いのですが、松下電器がダイエーには売らない、自分たちの代理店を通じてしか売らないといった時代がありました。それがなくなり、松下電器も流通を通して売らざるを得なくなり、いまや流通のほうが圧倒的な力を持っているのです。食料の分野では、イオンやイトーヨーカ堂グループといったところがありますが、彼らも成長しなければいけないわけですから、何とか売上を上げようとします。そうすると、製造会社に消費者が好む新しいものを開発してくれとプレッシャーをかけるわけです。一生懸命研究開発してものをつくり、パッケージングする、マーケティングする、これが全部お金がかかるわけです。そのお金ができたとき、次のヒット商品が出ても、過激な競争の中で、みんなが類似品を出してきて潰してしまうのです。そこでも投資が回収できなくなります。投資が回収できない理由はそれだけではなく、次にまた新しい商品をつくってくれという要求が来るわけです。これからの日本の食品業界は非常に厳しいでしょう。

この食品業界の現状の反面、私どもがいまお手伝いをしている日本の食品業界、特にアメリカですが、外に出ると大変多くの日本製品があるのです。食品業界は、日本ではこれから非常に厳しいでしょう。ですから、チャンスのある、ジャパンブランドの生きる海外、特にアメリカです。アメリカでは日本でつくられた食品のノウハウが大変高く評価されています。皆さんはご存じだと思いますが、寿司は、本当によく食べられています。アメリカ人が皆さん思っているのは、日本の食品は健康だということです。全てが健康というわけではないのですが、和食は健康だと思われています。その1つが、日本人の体型にあるのです。私は若い頃アメリカに行って、こんな体型になりましたが、日本の人は皆さんスマートです。それを見て、アメリカ人は「日本人は健康だ、だから日本食を食べるのだ」という方向に動いていっています。

日本語に「旨味」という言葉があります。世界の食品業界でumamiという言葉がそのまま使われているのです。どこに行ってもumamiという言葉は世界で受け入れられています。最近、ミシュランで、ロサンゼルスで2番目にランキングされた新しいレストランができたのですが、それは実を言えば日本食なのです。名前は「Sibumi(しぶみ)」と言います。行ったところ、満席です。ふと見ると、料理をつくっているのは全部アメリカ人です。そこで食べているのは、みんなアメリカ人です。しかしこの店はミシュランでナンバー2になっています。私が言いたいのは、日本にいると日本のことがわからない、外に行くと日本のことがよく見えるということです。そういう意味で、皆さんが外に出ることを、私は、ぜひ勧めます。

講義の様子

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