(2)プログラムとの適合性
[取組の背景・動機]
 今日,我が国は国際化・情報化の進展,学術研究の高度化・専門化,さらに地球環境問題への意識の高まりの中で,社会・経済構造,産業構造のダイナミックな変化に対応できる特色ある教育が求められている。他方,高等教育の大衆化が進む中で,多様な素養や経歴を持つ学生を受け入れて適切な教育を行っていく必要性に迫られている。本学ではこうした社会の多様な要請に応えるべく,高い教育理念と合理的教育目標の下で,実践的,創造的技術者・研究者の育成を目指した高等技術教育の中心的・先導的役割を果たしてきた。そうした中,特に近年は,学生自身から実践的教育を望む声が高まっている。
 一方,大学の地域社会へ果たす役割は益々重要性・緊急性が拡大しており,本学においても,これまで産官学連携の推進を図り,研究成果の地域社会への還元にとくに力を注いできた。しかしながら,これらは往々にして地域社会の要請に大学が応える受身的な,あるいは大学からの一方向的で独り善がり的な連携となりがちで,地域社会とのインターラクティブな真の連携までには発展していない。大学のシーズと地域ニーズのマッチングのみならず大学と地域の人的,物的資源の相互作用の活性化を通じて,はじめて大学と地域の真の連携が生まれ,そこから大学の真の地域貢献が醸成されるはずである。
 また本学は,人口80万を抱える東三河という豊川流域圏の中心都市・豊橋市に位置し,人口規模240万で京都府にほぼ匹敵する三遠南信地域の主要拠点であり,自然環境(河川,森林,海岸),都市化地域,中山間地域,工業特化,農業特化等,地域のあらゆる要素・課題が存在する,さらには東海・東南海地震の発生による大規模災害が危惧される地域でもある。いわば国土の縮図でもあり,格好の地域研究・教育の場である。
 このような背景と動機から,本学の教育理念に基づく技術者教育の一層の進展と真の地域社会貢献を格段に推進するため,これまでの教育システムと地域社会貢献実績を踏まえて,本取組を実施するものである。
 
[取組の目標・目的と本学教育理念等との関係]
 本学の教育は,通常の総合大学における基礎の積み上げの上に専門をおく直線型教育と異なり,基礎と専門を交互に発展的に教育するシステム,つまりらせん構造に沿って,技術科学教育と実践を連関させる学部・大学院の一貫教育(らせん型教育)を最大の特徴としている。すなわち基礎と実践的専門教育を経験した高専生を受け入れて学部における基礎・専門教育とその集大成である卒業研究の後に,実践としての実務訓練を単位認定科目として必修させる。次いで大学院修士課程における基礎・専門教育の中で,実務訓練を通して動機付けられた実践的思考力を醸成させる。とりわけ地域を研究教育のフィールドとする専攻では,地域と連携融合した実践的研究プロジェクトへの学生の参加を積極的に推進することで,幅広い視点で物事を捉え,地域社会を想う豊かな人間性と指導的技術者として倫理観を培うことのできる教育システムの確立を目指している(図1)。このらせん型教育システムの特徴の一つは,学部4年3学期に実施される必修科目と実務訓練であり,これは平成15年度の「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」として採択されている。
 本取組で提案する3つの基本となる教育プログラムは,この「らせん型教育」をさらに一層アップグレードさせ,実践的創造的技術者の育成を図るために,学部から大学院の一貫した教育プロセスの中で技術科学教育とその実践の一層の連関を強めようと意図したものである。
 また教育と研究は表裏一体であり,とりわけ大学院教育は研究と切り離しては成り立ち得ない。本学は,地元自治体とともに全国でも初となる東三河地域防災研究協議会(資料1)を平成15年度に立ち上げ,地域密着型防災技術・対策の調査研究を進めるため,学内に地域防災リサーチコアを組織している。今後は環境やまちづくり分野を取り込んだ『(仮称)地域連携まちづくり研究センター』の組織化を構想中(資料2)である。本センター構想は,正に地域の自治体,企業,市民とともに地域課題に取り組み,その研究成果を地域へ還元していく地域協働型の実践的研究・教育の推進を目指すものである。本センターの活動は,本取組との連動による相乗効果が期待されるもので,大学院における技術科学と実学の強固な連関による「らせん型教育」の格段の進展が図れる。
図1 本学のらせん型教育の現状
 
[学生・教職員の認識・評価]
 本学は,中期目標に実践的・創造的思考力を醸成させる教育課程の編成を掲げ,その目標達成のための措置として,中期計画に「らせん型教育」の機能的実現のための授業科目の内容と開講時期に配慮した教育課程の編成,実務訓練の充実,創造的思考力育成の場として卒業研究などの充実を掲げている。本取組は,正にこの中期計画を具現化する一つの手段であり,教職員全体で組織的に「らせん型教育」の充実に向けて実現に努めていくものである。
 開学以来23年間継続している実務訓練は,現場における独創的な技術応用,チームワーク,経済観念などの様々なダイナミズムを目の当たりにしながら,実社会における現実的な課題の取り上げ方,解決法,また最新の専門技術とのかかわり,さらには現場技術者との交流による対人関係などを体得させることに狙いがある。毎年実施している学生に対する訓練実施後のアンケート調査によると,学生の達成状況に関する自己評価では,「非常に満足」「満足」と回答した者が60?70%であり,否定的な評価は10%前後となっている。自由記述には,大学院進学時の勉学,研究に生かしたい旨の抱負,規律やルールに対する認識,挨拶やコミュニケーションの重要性・必要性についての意見がみられる。このような社会の中で実体験を通して学ぶ実践的教育に対する学生の評価は高く,学生自らが強く求めているものである。
 その他の評価例を示すと,建設工学系が卒業生に対して行ったアンケートでも,基礎的専門科目の必要性を認識している一方で,実務的専門科目をより重視すべきとの回答が多く,その傾向はここ数年で強くなっている。平成13年度から3年間実施された建設工学系におけるまちづくり実践教育に対する学生の自己評価でも,コミュニケーション能力,プレゼンテーション能力,課題発見・分析・解決,企画立案等の重要性の認識とともに,それらの能力の醸成が図れ,さらには地域との連携・協働によって実社会の仕組みや組織的連携の必要性の理解が得られたとするものが大半である。このような学生の実践的教育に対する重要性の認識・評価から判断して,本取組は,必ずや高い評価が得られるポテンシャルを有していると言える。
 本取組は,基本となる3つの教育プログラムの開発・試行期間においては,建設工学系,エコロジー工学系,人文・社会工学系の3つの系を中心に取組んでいくが,これらの系に加え,生産システム工学系,知識情報工学系等の講座においても,地域活性化への貢献の観点から積極的参加の表明があり,全学的な取組へ展開していく予定である。
[実施内容・方法の独創性・新規性]
1)「らせん型教育」の充実・発展・展開
 すでに述べたように,本学の教育の最大の特徴は,基礎と専門を交互に繰り返す「らせん型教育」システムにある。これは他の総合大学にはないシステムであり,実務訓練に象徴されるように技術科学と実学の連携を図りながら,実践的創造的かつ指導的技術者・研究者の育成を目指している。本取組は,この独創的教育システムをさらに進化させ,3つの基本となる教育プログラムを現在のカリキュラムの中に適切に位置づけ,学部から大学院までの一貫したより強固な「らせん型教育」を実現させようという点に最大の特徴がある。例えば,PBLはすでに多くの大学で授業方法として採り込まれているし,公募型卒業研究は山口大学等他大学の一部において実施されているが,全学的な取組みとしてカリキュラムに位置づけたものはない。正に日本で唯一の教育システムへの挑戦である。
3つの基本プログラムの具体的位置づけ:
 PBLは,「らせん型教育」システムの中で,卒業研究に取組む前段階(第3年第3学期又は第4年第1学期)において社会貢献を実感し,自らの研究テーマに関連する地域課題に対する認識を深めていく授業と位置づける。そして,学生自らが地域社会での実体験を通して研究テーマを考え,地域の課題解決に向けた分析,企画立案・表現を試みることで,自主性の涵養と自己発見を促す。また,その企画案を地域に発信していくプレゼンテーション能力,コミュニケーション能力の涵養を目的とする。これにより学生自身の卒業研究に対する目的意識が明確となり,より意識的に課題解決のため技術応用,社会経済的背景を踏まえた対策等の工学的探求が促進されると考えられる。
 公募型卒業研究は,実務訓練が企業等の実社会組織の中で実学を学ぶ実務的教育であるのに対して,その前段階で,地域の自治体や民間団体等と所属研究室のコラボレーションによって地域の生の課題を解決していくための方策や技術を科学し提案することの必要性と重要性を学ぶ。そして,そこで培われた実経験を踏まえて実務訓練に臨むことになり,実務訓練に対してもより高い効果が期待できる。
 こうして学部教育では,基礎科目,専門科目,実践的専門科目,卒業研究,実務訓練を通じて,学生自らが地域の課題に目を向け,地域社会の人々との人的・物的交流を図り,自らが課題解決のための方策・技術を科学し,それを提案し情報発信する,そして地域社会へ貢献していくことの大切さを認識させることを目指す。大学院レベルで取組まれる学生提案型地域活性化プロジェクト支援事業は,このようにして芽生えた意識と成長しつつある能力をさらに醸成させるために実施される。そして,そこで育まれた地域社会を見る目と技術を科学し提案する知識と能力をベースに,修士研究に取組むことになる。
図2 本取組による「らせん型教育」システムの充実
 
2)地域貢献推進のための地域協働型工房教育
  本学の特長である小人数教育の利点を活かし,PBLでは,教官を中心に共通の目的を持って集まった数名程度の学生によるグループを単位として,一つの具体的な地域課題を解決するための企画・実行・評価などを進めて行くプロジェクト指向型の工房教育に取り組む。これにより学生の自主性の涵養と自己発見を促す。また,地域とのつながりが密接な地方大学の特色を生かし,特にPBLは,(3)で示す本学教員の実績のある環境,防災,まちづくり,教育等の地域貢献活動を背景として,特に今年9月開設予定の豊橋駅前サテライトオフィスを大学と地域を繋ぐ接点の場として活用し,地域の自治体やNPO法人等との密接な組織的連携を図りながら,地域とのインターラクティブなコラボレーションを実現し,実社会の生の課題を題材とした多くの実体験を取り入れた工房型教育を行う。また公募型卒業研究と大学院での学生提案型地域活性化プロジェクト支援事業は,将来構想の「地域連携まちづくり研究センター」と密接に関わるため,センターにおける研究と教育の連関を如何に強化するかを今後検討していく予定である。このように本取組は,本学の使命である地域貢献を推進していく教育研究プロジェクトの中核となるものである。